しなやかなる大和人よ!ありがとうウミガメ隊長!第3回沖永良部シンポジウム <Emileのコラム75>
前回のコラムを書いてから、ずいぶん時間が経ってしまいました、反省です。少しだけ言い訳をさせて頂くと・・・・あとでお話しします、沖永良部島シンポジウム大騒動収束後、8月10日に仙台に戻り、島にいる間に少しは片付ける予定の原稿書きが、大騒動のお陰で(完全に責任転嫁です!ごめんなさい!)全く進まず、すでに脱稿の納期を過ぎてしまった4冊の本の原稿を抱え、逃げる訳にもゆかず、毎日やってくる、編集者からの、まだか!まだか!の電話やメール。このままでは、印刷所の予定に穴をあける…とか、発刊の宣伝準備に入っているのに…とか、そんなに大々的に宣伝をして本を売って頂いたことは過去には一度もなかったはず、宣伝をもっとして下さったら、もっとたくさん売れていたぞ!!・・・・とは思うものの、口には出せず・・・・毎日言い訳をし、頭を下げながら、昼は大学の仕事に追われ、夜と移動中は、ひたすら原稿書きに勤しみ、やっと2日前にすべての原稿を「とりあえず」自分の手から放したところです(拍手!)。もう1冊、納期を遅らせて頂き、9月1日まで待って頂いている新たな本の原稿がありますが、9月1日までにはまだ時間が・・・・これがだめな性格なんでしょうね・・・・と云う訳で、やっと、新幹線の中でコラムを書く心の余裕(?)が生まれました。
さて恒例の沖永良部シンポジウムも第3回を迎えました。「今失ってはならないこと(なまからむ、ぬこちゅきぶしゃぬくとぅ)」をテーマに8月2−4日、沖永良部島で開催しました。台風9号が近づいているため、開催を迷いましたが、島の方々の「大丈夫!」という声に押され、予定通り開催することに決定、ただし、台風の影響を考慮し、本土から参加予定の皆様には、決して無理の無いようにお願いしたものの、何とキャンセルは2人のみ、約20人の方が参加してくださいました。2日前夜祭には、本土からいらっしゃった方々と知名町長、実行委員の皆様と島料理と黒糖焼酎を楽しみ、3日朝はバスで島内調査、午後から島の皆さんとの合同シンポジウム、140名を超える参加を頂き、さらに夕刻からシンポジウム第2部、島歌、三線、踊りを大いに楽しんで頂きました。しかしそのころから台風は徐々に勢力を増しながら島に近づき、4日翌朝は、風で海が真っ白に、それでも鹿児島行きの第1便は無事離陸、後で思えば、これにお乗りになった4名の方の決断力(強運?)の高いこと…残念ながら、それ以後の、フライト、フェリーはすべて欠航。通常ならば、2日もおとなしくしていれば通り過ぎて行く台風、しかし今回の9号は歩く速度よりも遅く、ちっとも動かず、それでもめげることなく、帰れなくなった大和人の皆さんは、洞窟探検や密度の高いグループディスカッションを昼の部、夜の部と続けられ、とてもとても親密になったようです。8月7日、やっと台風が速度を上げて移動し始め、朝5時から空港でキャンセル待ちをしていた方々も、一人、また一人と島を離れ、残るは2人の女性のみ。この2人、7日の午後の沖縄行きのセスナを予約していたものの、突然欠航の連絡が・・・・急遽、翌朝3時に鹿児島から沖永良部島経由で那覇に向かうフェリーに予定を変更、朝3時から2時間待てども船は見えず…どうやら波が高く抜港された模様。こちらはそんなこともつゆ知らず、そろそろ沖縄に着いたころかなと、思っていたところ、その後の経過報告のメールが…抜港され、深夜の港で路頭に迷っていた美女2人、ツイッターで現状をつぶやいたところ、それを見つけた島のウミガメ隊長、これは一大事とおっつけ刀で飛んできて、美女を救出、空港で交渉をし、与論島経由で沖縄までのフライトを確保、さらに出発までの時間にウミガメの孵化現場への観光案内までかってくれたとのこと、本当にありがたや、ありがたや!です。こうして、8月2日に始まった、第3回沖永良部シンポジウムは、結果としてとてつも無く、濃い密度で終了することが出来ました。9日からは我が酔庵の撤収開始、台風で塩だらけになった家を洗い、部屋を掃除し、キッチンを磨きあげ、大量の空ビンと洗濯物を処理し、一度も海に入れることがなかった船を洗い、車も洗い・・・・・8カ月ぶりに島に戻ったものの一度も海にも行けず、10日、仙台に戻ってきました・・・・この非日常が良かったのだと嘯いてはいますが、やはり、海に入りたかった!!!!(笑)
という訳で、沖永良部島第3回シンポジウム大騒動は終わりました。いえいえ、大和人、戻ってからも連絡を取り合い、色々と画策しているようです・・・・・
肝心のシンポジウムは、これもとても濃い感動でした、その内容は次回に譲ることにします、今回は大騒動の巻きでした!!
2011年8月25日
このページの最終更新日:2011年08月29日

