「生まれそして巣立ちの季節である!」<Emileのコラム52>

新酒の季節である。東北は酒の宝庫、四国でうどんを食べるのと同じく、外れるということはまず無い。まずくて・・・ということは少なくてもほとんど無いのである。これは仙台へ来てからの大きな発見であり、その日の気分や食材によって、とんでもない多くの種類の中から酒を選べるという楽しみも、結果として生まれてくる。先日、岩手県一関市にある「世嬉の一」酒造の新酒の会に御邪魔した。社長ご夫妻はとても素敵な方で、一関のもち文化の発掘を始め、多くの文化的な取り組みを積極的に進めていらっしゃる。蔵のレストランも素敵で、一関の酒と文化を深く味わうことができる。さて、頂いた何種かの絞りたての酒は、濃く、ふくよかな香りを放ち、切れよく喉を通過した後も、味と残り香を口の中でしばらく楽しむことができ、心まで豊かな気分になる。純米酒でも、米臭さの微塵も無く、爽やかである。御隣にお座りになっていた方はどうやら中尊寺のお偉い方のようであったが、御話が面白く、旨い酒とともにゆったりした至福の時間を頂いた。
新酒だけではなく、学生たちの卒業の季節でもある。SEMSaTの社会人学生たちも、仕事をしながら、日々の時間をこじ開け、こじ開け、週末も無く2年間よくもついてきて下さったものだと心から感謝している。一方では、教えるものの一人として、SEMSaTが標榜する即実践型人材に幾許かでも近づける教育ができたのか、日々自問自答の毎日であったことも事実である。お蔭様でこの3月でSEMSaTの5年間のプロジェクトは終了し、新たな体制で継続進化してゆくことが決まったことは有難い事とは思うが、そのような外部の評価とは別に、十分な育成できたのかどうかという不安はいつも心の淵にずっしりと滞留している。
 地球環境問題が人類にとって、すでに次の世代ではなく、われわれの世代にとって喫緊の課題であることは紛れもない事実である。その中で、学生たちが活躍されているフィールドで即実践型の環境人材が具備すべき要件とはいったい何なのか、急激に変化する社会状況、環境状況の中で、改めて考えて直したいと思うが、少なくとも、鳥瞰的視座、評論ではなく問題点を見つけるための多くの知的引き出し、具体的なソリューションの出し方は時代がどのように変わろうとも不変であろう。
そういう基礎トレーニングをクリアーした学生たちがどの様な形でその力を発揮できるのか、それがこれから問われる訳である。当然、破壊的イノベーションが起こらない限り、現状の延長では求められるライフスタイルの変革は起こりそうにもない。無論、ライフスタイルの変革無くして環境問題に解は見つからないはずで、ライフスタイルの変革を前提とした自然科学的視点、人文科学的視点、社会科学的視点を総動員した経営戦略の構築が望まれるのである。
問題は、その戦略を実践するためには、どうするのかということである。それには、卒業生たちが、早急に経営トップになって直接舵取りをする以外にはなかなか解は見つからない。この2年間で、経営中枢に入り込むためのトレーニングは十分であったか、残念ながらそれには時間が足りなかった気がしてならない。それが私の心の淵に溜まっているものかもしれないと思う。
 私の力不足の部分は卒業生たちの努力に期待することにして、是非、企業活動を通した社会変革に一石を投じていただきたいものである。

2010年3月6日

このページの最終更新日:2010年04月02日