知の集積から知の再編へ! <Emileのコラム78>
145校と聞いていますが、SSH(スーパー・サイエンス・ハイスクール)が全国にあります。文科省が指定する高校で、重点的な科学教育を通して科学技術を担う人材を育てようというものです。毎年何度か機会を頂き、SSHで話をさせて頂いていますが、先日は八戸の八戸北高校へ出かけました、なかなか予定が調整できず、お誘いを頂いてから2年目目にしてやっと出かけることが出来ました。800人近い生徒さんたちは、東北らしい純粋さに溢れ、とても良い時間を頂いたと思っています。もう一つ良い時間の話、この高校へは八戸線、陸奥湊で下車するのですが、何と駅前が市営の魚市場、もうたまりません。到着は昼を少し回っていて、活きの良い魚はありませんでしたが、ぷりぷりと肉厚カレイの半日干しが誘います。これから高校で授業と云うのが一瞬頭をかすめましたが、カレイの誘惑に負け、2枚購入。さらに、チラとその先を見れば、「大洋食堂」の看板が、何度かその名前を聞いていて一度は寄ってみたかった食堂です。迷わずガラガラと扉を開けると、店のおばさんが広告の裏紙と鉛筆を目の前に・・・言葉がなかなか分からず些か戸惑うものの、どうやら欲しいものを書くらしい。迷う迷う…!食べたい魚がズラリ… 結局、ヒラメ、サンマ、〆サバの刺身に卵焼き、せんべい汁これで1050円、どれも旨い! どう考えても、一杯やりながら…とは思うもののこれから授業、改めて出直す価値ありです。
未来への教科書「写真展」が始まりました。12月26日まで羽田空港国内線 第1、2旅客ターミナル手荷物受取場がサブ会場、メイン会場は、第2旅客ターミナル65番出発ゲート前です。震災の2カ月後、被災した子供たちが、カメラメーカーから提供された200台のカメラで記録した震災への想い300枚が展示されています。どれも、素直に自分を、自然を、震災を見つめていて、忘れてはならない記憶の断片のように感じました。写真のタイトルだけでは、それを十分にはお伝えできませんが、例えば、「はじめて意識した故郷」「絶望に向かい希望を拾う」「根っこがあれば大丈夫」「生物はつながりの中に」「日本の道具は強く美しい」「私たち夢中になれることだらけ」「魚は今もちゃんといる」「生まれた時から魚獲り」「大好きだから役に立ちたい」「2つの顔を知っているから憎めない」・・・是非見て頂きたいと思います。そこには、生きる本質、ものつくりの本質、働くことの本質が子供たちの素直な視点で見事に描き出されているように思うのです。
今まで、日本は近代国家を目指した発展を続けてきました。それは「物」への飽くなき欲望の発散と云ってもよいでしょう。鎖国時代に培われた、「もの」を大事に、大切に長く使う、そしてその「もの」は職人によって精魂こめてつられる、その結果生まれた「用の美」は精神欲を煽る日本独自の文明の証しだったのです。しかし、開国とそれに続く近代化の波は、私たちに多くの「知」を与えました。物欲を煽るための「知」です。そして、今では世界で何が起こっているのか、世界のあらゆるファッションやトレンドまで瞬時にわかり、中国だけでなく、ブータンまでもがこの、物欲を煽る「知」の虜になっているようです。
残念ながら、近代国家、あるいは先進国という定義は、物の生産と消費を避けては生まれないようです。しかし、少なくとも、この日本はすでに近代国家なのです、近代国家の体を成そうとしている、例えば中国と競争する必要はないにも関わらず、さらなる近代国家が如何にも存在するような幻想に取りつかれ、結果として向かうべき方向を見失っているのではないかと強く感じています。今、この国が築かねばならない新しいかたち、それは間違いなく「脱近代国家」なのです。この国は、多くの欧米人が驚嘆した「自然知」の集積による高度の文化を「物質知」の集積による高環境負荷の金融資本主義が駆逐し「近代国家」を築いたのです、「脱近代国家」とは、あらためて、精神欲を基盤とする「知の再編」による生命文明の創出であることは間違いの無いことだと思います。未来の教科書「写真展」は、その原点となる、「生のかたち」を当たり前のように私たちに教えてくれているのです。
2011年10月28日
このページの最終更新日:2011年10月31日

