循環と時間

第3回SEMSaTセミナーが平成19年7月23日に東京都庭園美術館で開催された。それから既に数ヶ月が経過してしまったが、そのセミナーで自分が書いたメモが気になっていたので、もう一度見直してみた。循環というキーワードでいくつかのフレーズがメモに残っていた。これらのフレーズとサステナブル・テクノロジーとの関係は何だったか考えてみたい。

今回のセミナーでは、ユニバーサルデザイン総合研究所の赤池学氏と東北大学石田秀輝教授がサステナブル・テクノロジーをテーマに対談を行った。ネイチャー・テクノロジーや将来技術をテーマに話が進んだ。私のメモに残っていたフレーズは、「循環を少しだけ介在させるといろいろなものが出現する」や「時間軸を持つと人間の心が含まれる」であった。私が書きとめた段階で既に勝手な解釈が含まれているに違いないが、そのフレーズを聞いた時に“なるほど”と思ったのを記憶している。

私の解釈はこうである。「今後、我が国で環境制約が厳しくなる中で、どのような技術が創出されていくかを考えた場合、その技術はいきなり大きな流れになることはない。まずは小さな技術が出現し、その技術を用いた製品は何度か失敗を繰り返し、環境意識の高い消費者と技術者の間を循環しはじめる。その循環のプロセスの中で技術が成長し、面白い方向へと進展していく。成長するために時間が経過する。この時間が実は大事で、人に使われながら技術は人間らしく熟していく。サステナブル・テクノロジーはそもそも省エネ・省資源製品であり、消費者が製品を使用する段階においても省エネ・省資源のコンセプトは外れてはならない。環境負荷をさらに下げたいという飽くなき消費者と技術者の心意気がイノベーションを方向付ける。それがサステナブル・テクノロジーだろう。」

平成19年9月28日
古川 柳蔵

このページの最終更新日:2007年10月16日

↑ページ先頭へ