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      <title>東北大学大学院 環境科学研究科 高度環境政策・技術マネジメント人材養成ユニット</title>
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      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2012</copyright>
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         <title>第12回SEMSaTセミナー開催</title>
         <description>ビジネスや政策をリードする環境経営者や政策立案者と、東北大学大学院環境科学研究科石田秀輝教授の対談型セミナーを開催致します。

日時：2012年6月21日(木)
時間：18時30分〜20時30分（開場18時15分）
場所：求道会館
テーマ：共感が創成する地域経済
ゲスト：牧大介 氏
プロフィール：
株式会社西粟倉・森の学校 代表取締役社長。
大学で森林生態学を専攻。三和総合研究所を経て、アミタ持続可能経済研究所を設立し所長に就任。森林・林業関連の政策立案、林業経営のコンサルティング、森林関連のCSR事業のプロデュースなどを全国各地で手がけてきた。2009年からは岡山県西粟倉村の森林再生プロジェクトに従事。（株）西粟倉・森の学校の代表として、森などの地域資源に立脚した自立循環型の地域経済の構築に挑戦している。
モデレータ：石田秀輝教授
参加費：無料（定員70名）
申し込み方法：会社/部署名、連絡先、参加者氏名を、メールにて、下記までご連絡下さい。
定員に達し次第、受付を終了します。
東北大学大学院環境科学研究科教務係
e-mail: kyomu@mail.kankyo.tohoku.ac.jp
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         <pubDate>Wed, 16 May 2012 10:33:02 +0900</pubDate>
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         <title>[2012年6月21日（木）]SEMSaT ショートコース開催のご案内</title>
         <description>SEMSaTショートコースを開催いたします。SEMSaTの画期的なカリキュラムの一部を今回は特別に参加者の方々に体験していただきたいと考えております。持続可能性の問題に自ら主体的に取り組みたい方、環境経営の新しい可能性を模索している方など、是非この場を活用ください。

名称： SEMSaTショートコース「社会変化を伴う新しい経営視点とは？
-ライフスタイルを基盤にした価値創造の可能性-」
日時： 2012年6月21日（木）13：30〜16：30（開場13：00）　　　
場所：東北大学東京分室 (サピアタワー10階，受付は3階)
プログラム ：
第一部：これからの社会に必要な“まなざし”とは？ 
〜地球環境の制約条件から、今求められる視点、企業経営や「ものつくり」の可能性を考える〜 
13時半〜1４時半：　レクチャー 石田秀輝 教授
　　　　　　 　　　　　　質疑応答
第二部：環境問題を解決するビジネスソリューションを生みだす手法とは？
〜バックキャスティングとライフスタイルデザイン〜
14時半〜16時： レクチャー 古川柳蔵 准教授
　　　　　　　     質疑応答
　　　　　　　     ワークショップ 
16時〜16時半：議論とまとめ
終了後、東北大学より参加証明書を発行いたします。
主催：東北大学大学院環境科学研究科
参加費：無料 （事前申込制：当日は参加証をご持参ください） ※参加証はお申込みいただいた後、メールにてお送りいたします。
申し込み方法：会社/部署名、連絡先、参加者氏名を、メールにて、下記までご連絡下さい。
東北大学大学院環境科学研究科教務係　　
e-mail: kyomu@mail.kankyo.tohoku.ac.jp　　
URL: http://www.semsat.jp/
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         <category>news</category>
         <pubDate>Wed, 16 May 2012 10:18:22 +0900</pubDate>
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         <title>脱近代国家に必要なものさしとは！　＜Emileのコラム86＞</title>
         <description>　男と云うものはつくづく弱いのかな････と、あらためて思ってしまいました。3月母が急逝し、ひと月も経たないうちに今度は元気だった父が逝ってしまいました。何だか心にぽっかりと隙間が出来たような、故郷が急に遠いところに行ってしまったような妙な気分です。染色体の一本足りない男共は、女性に看取られて旅立ち、女性の皆様は改めて第2の人生を楽しむ･･･と云うのが、もっとも道理だという気になってしまいます。
　2009年に出した「自然に学ぶ粋なテクノロジ―」が版を重ね、第4刷となりました。また、「ヤモリの指から不思議なテープ」が科学ジャーナリスト賞最終審査にノミネートされました。残念ながら受賞は逃しましたが、2011年出版書籍の中から選ばれた12冊の内の1冊に残れたことはとても嬉しく思っています。
　さて、先回はエネルギーのことを書かせて頂きましたが、今回はなかなかスポットライトが当たらない食についても少し考えてみたいと思います。御存じのように、東北地方は日本の食の宝庫です。それが今回の震災で壊滅的な被害を受けたにもかかわらず、行政からもメディアからも、その危機感は伝わって来ません。何故か、そこにはあらゆるものを、「お金」という物差しでしか測らない現実があるようです。一次産業のGDP比率はたった1.2%です。そう思えば、そんなものの一部がやられたからと云って大したことはないのでしょうか、食が無ければ二次産業も三次産業も成立しません。札束を積めば一次産業の問題は解決できるのでしょうか…、残念ながらそれほど簡単ではありません。
　エネルギーでは、すでにオイルピークを迎えていたことを2010年IEA（国際エネルギー機関）が認めました。これからは確実に原油価格が上昇します。そんな中で、一人当たり約7千キロ・トンと突出しているフード・マイレージを有する日本が、いつまで札束を積んで食料を輸入できるのでしょうか。さらには輸入相手先も気候変動、経済的な発展の影響で急激に輸出余力が低下しつつあるのです。
　では、40万ヘクタールもある耕作放棄地で食糧生産を始めればこの問題は解決できるのでしょうか？食料輸入によるバーチャル･ウォーター(仮想水)は約５百トン/人もあるそうです。輸入食料を全て国内生産すれば、単純に水だけを考えても、現在使用している量の約1.8倍が必要になる計算になるのです。果たしてその水がこの国にあるのでしょうか？
　すでに、多くの国が食料生産基地を海外に求めはじめています。生きるための原点である食をどのように確保しなければならないのでしょうか？今、この国は、何を考えどこに進まねばならないのか、震災復興のためにも、その方向を明らかにしなければならない時なのです。お金という物差しだけでは答えは出ません。それは、お金という物差しだけで近代国家の頂点に立ったこの国の脱近代化への新しい指針つくりでもあるのだと思うのです。

2012年5月1日
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         <pubDate>Mon, 07 May 2012 09:48:05 +0900</pubDate>
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         <title>上見りゃ切りなし、下見て暮せ、橋の下には宝船！　＜Emileのコラム85＞</title>
         <description>　私事で恐縮ですが、3月末に母が91歳で急逝しました。近所のガキ大将がそのまま大きくなったような人で、子供の時も、大人になってからも何度、ひやひやドキドキさせられたことか・・・晩年は老人ホームで、一日おきの透析を受けながらも、最後まで多くの方に助けられ、多くの方に見送られて笑顔で旅経ちました。「上見りゃ切りなし、下見て暮せ、橋の下には宝船･･･(ここまでは良いのですが)どうせあんたは炭俵に乗って流れていたのを拾ったのだから…(子供にこんなことを言うとは(笑) )」こんな、母でしたが、私にとっては、生きることの本質を教えてくれた素敵な母さんだったと思っています。
　その疲れが出た訳ではないと思いますが、右肩から右目に掛けて眠れないほどの痛みが続き、無理を言って病院で見て頂きました。私にとって、「病院」と云うものには、怪我をするか人間ドックくらいしか縁は無かったのですが、すごいですね・・・あっという間に菌が入り込んだことが原因であること、その菌を同定するまで、これこれの対応をし、菌が確定した後、こんな治療をします････しっかりしたロジックで凛々しく説明下さる御医者さん、何だか、色白で細くて華奢な若い先生に急に後光が射したように見えました。でも、最後は、しっかりと休養を取って、ストレスを溜めず…という御話でした(笑)。もちろんこの間、酒を飲む気にもなれず、結果、何と3日間も禁酒！大記録です。

　さて、今年もSEMSaTが始まりました。第8期生は14人が入学（内社会人11人）、紅一点は中国からやってきた董(とう)さん、元気な方です。これから2年間、鳥瞰的な視点で、しっかりと本質を捉え、具体的な解が出せるよう、一緒に色々なことを考えたいと思っています。同時に、それを多くの人に伝えるための言葉の重要性も学んで頂きたいと思います。
　激変する地球環境の中で、今あらゆるものが従来の延長ではない新しい視点を求められています。そのためには、脱近代化の「かたち」を具体的に提示することが必要です。国は原発を再稼働しようとしています。どのようなロジックで再稼働しなければならないのか、そこには、際限の無い資本の自己増殖＝近代資本主義という構図から抜けきれない、何ともドロドロとした黒い影が見えてきます。足し算と引き算しか出来ない世界では、成長のためには足し算しか選ぶことが出来ません。でも、少し見方を変えれば、あたらしく問題を提案することで、全く違った答えが生まれることも当然あるのです。そもそも、日本の美は勤勉を前提として成立し、欧州の働かないことが美である概念とは全く違うのです。利便性だけを追い求める、足し算だけの世界には、すでに多くの生活者たちが辟易していることは事実なのです。国には、原発ではなく、例えば「文化的セミ自給自足」のような、エネルギーをあまり使わなくても豊かな暮らしを生み出す、あたらしいコミュニティ創りへの挑戦でも提案して欲しいと思っています。自分たちで創ったエネルギーを自分たちで上手に使う、足らなくなれば、もちろん買えばいい、そこにどれだけ楽しい知恵が出せるのか、とても楽しい挑戦です。これこそが文化の醸成です。文化と文明の融合、当たり前のことを改めて考える、そんな時間を創らねばならないのだと思うのです。

2012年4月10日</description>
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         <pubDate>Mon, 16 Apr 2012 09:59:57 +0900</pubDate>
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         <title>クローズアップ現代3月14日放送分の内容公開のお知らせ</title>
         <description><![CDATA[NHKクローズアップ現代、3月14日放送の「90歳が変える未来のテクノロジー」の内容が以下にて公開されています。リンク先では放送の一部もご覧になることができます。確かな未来が懐かしい過去にあることの一端を感じて頂ければ幸いです。
<a href="http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail_3175.html">→詳しくはこちら</a>]]></description>
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         <category>news</category>
         <pubDate>Fri, 13 Apr 2012 20:52:44 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>2012年4月8日朝日新聞朝刊「90歳ヒアリング」</title>
         <description>2012年4月8日朝日新聞朝刊に古川柳蔵准教授の「90歳ヒアリング」の研究活動が掲載されました。古川柳蔵准教授の90歳の知恵をヒントにした応用研究の事例や秋田市のスマートシティ計画などへの展開が紹介されています。</description>
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         <pubDate>Mon, 09 Apr 2012 09:24:27 +0900</pubDate>
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         <title>「天災と日本人」</title>
         <description>例年より開花が遅れているようですが、桜前線がようやく
東京にものびてきましたね。あの震災、津波から１年が
過ぎようとしています。
この間、私も仙台での被災者の一人として、
色々なことを考えては引き返し、また考えては、
後戻りしと、思考の試行錯誤を繰り返してきました。
そんな折、出会ったのが、寺田寅彦でした。
彼はこんなことを述べています。

「日本はその地理的の位置がきわめて特殊であるために、
（中略）気象学的地球物理学的にもまたきわめて特殊な
環境の支配を受けているために、その結果として特殊な
天変地異に絶えず脅かされなければならない運命のもとに
置かれていることを一日も忘れてはならないはずである。」

「文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその
激烈の度を増すという事実である。」

「災害の運動エネルギーとなるべき位置エネルギーを
蓄積させ、いやが上にも災害を大きくするように努力
しているものは誰あろう文明人そのものなのである。」

他にも、すべてここに引用したくなるほど、洞察力に
富んだコメントを、今から７８年も前に我々に遺しているのです。
彼の論述の一つ一つに私は首肯せざるを得ませんでした。
そしてもっと深く、思索を掘り下げなければ、前に進めないと
思ったのでした。
出典は「天災と日本人」という文庫本です。
ぜひ、みなさまにもご一読をお薦めします。

多田博之
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         <category>column02</category>
         <pubDate>Wed, 04 Apr 2012 17:39:30 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>TOEICとTOEFLについて</title>
         <description><![CDATA[環境政策技術マネジメントコースでは、平成２５年度より、英語力の公式認定証を取得し、提出することが、受験資格の要件となります。秋季受験（８月下旬予定です）を目指されていらっしゃる方は、下記、TOEIC, TOEFLの試験日と関連URLをお知らせしますので参考にして下さい。
試験を受けてから結果が出るまでに、約1カ月かかります。受験日の検討には十分ご注意ください。

< TOEIC >

http://www.toeic.or.jp/toeic/guide01/guide01_01.html
受験日：５月２７日(日）と６月２４日（日）

< TOEFL >

http://www.cieej.or.jp/toefl/toefl/testfee.html
受験日：ほぼ毎週末]]></description>
         <link>http://www.semsat.jp/admission/toeictoefl_1.php</link>
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         <pubDate>Tue, 03 Apr 2012 11:04:07 +0900</pubDate>
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         <title>TOEICとTOEFLについて</title>
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試験を受けてから結果が出るまでに、約1カ月かかります。受験日の検討には十分ご注意ください。

< TOEIC >

http://www.toeic.or.jp/toeic/guide01/guide01_01.html
受験日：５月２７日(日）と６月２４日（日）

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         <category>news</category>
         <pubDate>Mon, 26 Mar 2012 07:48:29 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>自然に生かされ、自然を活かし、自然を往なす、ものつくりと暮らしのかたち！　＜Emileのコラム84＞</title>
         <description>　東日本大震災の津波最高位38.8ｍだったとの調査結果が発表されました。何とも恐ろしい高さです。自然の力を改めて考えさせられます。先日、「ハウス野菜高値　悲鳴！」と題した記事が日経新聞で躍っていました。残念ながら、今こそ旬の野菜を食べよう！ということにはならないようです、一方では電力が足りないと大騒ぎしながら････何とも面映い気がしてなりません。
　2月7日、恒例のSEMSaTセミナーを東京本郷の求道会館で開催、今回も多くの方に参加頂きました。ゲストは鎌倉投信社長の鎌田さん、外資系の金融会社から一念発起され、資本の倫理に翻弄されない金融を目指して、現在の会社を興されました。投資の果実＝資産形成×社会形成×心の形成だとおっしゃっていたのがとても印象的でした。社会や心の形成が具体的にどのような形か、あるいはそれを測る物差しがどのようなものかは、まだ明らかにはなっていないようですが、何とも、さわやかな金融業が出来たものと嬉しくなりました。そもそも、アダム・スミスの国富論は道徳哲学を基本とし、シルビオ・ゲゼルは自然通貨を高らかに謳い上げ、賀川豊彦は「友愛の政治・経済学」を明確に打ち出していたのです。それなのに、なぜ、お金がすべての頂点にあり、あらゆるものをお金と云う価値で計る金融資本主義がこれほどまでに肥大化し、その幻影に踊らされているのか、問い直す時が来ているのは確かなように思います。

　3月13日のクローズアップ現代「90歳が変える未来のテクノロジー」で、古川さんらが中心になって進めている仕事を紹介頂きました。ライフスタイルの社会受容性調査では、潜在的に『利便性』と同じくらい強く『自然』と『楽しみ』を生活者の方々が求めていることが明らかになっています。我々の周りには、山ほど楽しみがあるのに、何故楽しみを求めているのか、その楽しみの構造とは何かを明らかにするために『今は便利になったけど、昔の方が楽しかったね』とおっしゃる90歳の方々からのヒアリングを進めています。宮城県の調査を終え、現在は、北陸、四国、九州エリア、さらにはサンフランシスコ、ヨーロッパまで調査範囲を広げる予定です。宮城の調査結果は、3月15日に｢90歳ヒアリングのすすめ｣古川柳蔵・佐藤哲(SEMSaT修了生です)として日経BPから発刊されました、是非読んで頂きたいと思います。これらの調査から、この日本が失ってはならない多くの素晴らしいキーワードを頂きました。そしてその根底を流れる一つの考えが、「自然に生かされ、自然を活かし、自然を往なす」、と云う概念です。この考えが暮らしにも、仕事にも、人との関わりにも、そして生と死の関わりにも深く関連しているようなのです。そう考えると、1-2-3次産業すべてが、この概念の上に成立しなければならないと思うのです。まさに、ネイチャー・テクノロジーの目指すところです。ネイチャー・テクノロジーを考える上で、何故自然なのかという問いには、「それは自然が完璧な循環を最も小さなエネルギーで駆動している」から、そして、「18C英国での産業革命が自然との決別で成功した」からだとずっと考えてきましたが、「自然に生かされ、自然を活かし、自然を往なす」と云う大前提で、これからのライフスタイルそのものが変化し、テクノロジーが存在するのだということを、やっと確信できました。これで、バックキャストによるライフスタイルから、テクノロジーまでが、自然と云うキーワードで繋がりました。
　クローズアップ現代は、生番組で、おまけに急に地震のニュースが入り、放送予定時間が短くなったりと、大変でしたが、視聴率11.5%･･･これは何人くらいの方が観てくださっと云うことなのでしょう？･･･で、今回は第一弾、これからも番組を考えてくださるとのこと、有難いことです。それにしても、国谷キャスターの当意即妙の技、大したものです・･･･

2012年3月20日
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         <pubDate>Thu, 22 Mar 2012 11:53:55 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>人と自然との関わりには覚悟が必要なのです！　＜Emileのコラム83＞</title>
         <description>　先日京都で「冷やかし」の語源を楽しく聞かせて頂いた。江戸時代、屑屋が浅草寺に古紙を集め、再生紙をつくるために煮て繊維をほぐし、その鍋が冷えるまで、女郎街を買う気も無いのにぶらぶらと見学して歩いたことが発端だそうな、思わず膝を打って喜んだのですが、結構多くの方にとっては既知のことだったようで…　皆さんはとっくに御存知でしたか？　
　昨年は、自然に関わる本に多く関係したこともあるのでしょう、あるいは世の中が地下資源・エネギーにのみ頼る、従来型のテクノロジーや暮らし方にストレスを明らかに感じ始めていることも相乗効果となっているのかもしれません、自然を活かしたテクノロジーに関する取材や報道が増えているようです。それはそれで嬉しいことなのですが、自然を考える上で最も大事なことは、我々が自然から無償の恩恵を受けているという事です。これを生態系サービスというのですが、例えば、作物の66％、食物供給の30％が訪花昆虫(花粉を運んでくれる昆虫)を必要としています。この昆虫が無償でサービスをしてくれるお陰で、私たちは当たり前のように食糧を得ることが出来るのです。お金をどれだけ積んでも、虫達は働いてくれません、虫たちが気持ちよく働いてくれる環境を考えることも、私たちのライフスタイルに大きく関わって来るように思っています。
　1月29日に河北新報ホール（仙台）でシンポジウム、｢海やまのあいだに生きる｣が、開催されました。山折哲雄(宗教学)、赤坂憲雄(民俗学)、川勝平太(静岡県知事)、安田喜憲(環境考古学)という錚々たる方々のお話をじっくり聞かせて頂く機会はそう滅多にありません。曰く、人間と自然との関わりはそもそも覚悟を前提としており、防災、滅災だけでなく覚悟も必要だそうです。そして、人間が覚悟を自然の中でどのように形成するのかが重要で、それこそがフロンティア・サイエンスでならなければならないというのです。何とも面白い切り口です！　覚悟の形成過程、それはまさに自然に活かされていることを認識することのはずです、その認識には、人の生への担保に自然がどのように関わってくるかを知らねばなりません。当然、それは日本人の自然観に大きく影響されるはずです。川勝さんは、倫理的、宗教的、美的であることが相和すことによって日本人的思考が形成されるともおっしゃいます。無論それは、欧州型の2項対立すなわち「戦争と平和」とは大きく異なり、日本の場合、「華と蛮」という意識が生みだすものです。さらに、地震は宗教的契機(予測不可)、台風や津波は倫理的契機(予想可能であり、対応技術も考えられる)だそうです。とすれば、私たちは、昨年３月１１日の震災から、日本人の自然観を再認識し、覚悟のかたちを学ぶことが出来るということになります。覚悟の形成過程、とても興味があります、もう一度じっくり考える必要があるようです。確かに関東大震災から、ともにモンスーン気候を基盤とした文化を再考し、和辻哲郎は風土を、寺田寅彦は無常を、そして谷崎潤一郎は陰翳の美をあたらしく定義したわけです。この震災から、まだ、そのような新しい概念は生まれてはいません、自然と人間との関わり、覚悟について深く考えなければならないときなのかもしれません。

2012年2月27日
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         <pubDate>Thu, 01 Mar 2012 10:42:48 +0900</pubDate>
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         <title>良質な箍（たが）がコミュニティーを生み出す！　＜Emileのコラム82＞</title>
         <description>　年末に「ヤモリの指から不思議なテープ」をアリス館から上梓しました。昨日、小さな小さな出版記念会を済ませたところです。松田 素子さん (文)、 江口 絵理 さん(文)、 西澤 真樹子 さん(イラスト)と云うとても思いの強い方々との仕事でした。なにせ、納得行くまで3人で何度でも研究者を訪ね、一つ一つのトピックスを丁寧に、丁寧に仕上げて下さり、お陰で（？）予定を大幅に超え、出版まで何と2年を超える時間が掛ってしまいました(笑)。でも、その分とても素敵な本に仕上がりました。在庫がなくなってしまい、皆様にご不便をお掛けしていましたが、重版が進んでいますのでしばらくお待ちを。ともあれ、是非読んでみてください！　ガウディは、「人間には何も創造など出来ない、すべては自然と云うとてつもない教科書の中にあるのだから」と云ったそうですが、あらためて、自然のすごさを考えさせられています。
　震災後、絆やコミュニティーという言葉がたくさん聞かれ、多くのイベントやシンポジウムが開かれています。でも、多くのものがその名を借りたフェスティバルで終わっていることも多いようです。あるいはどんどん発散して行き、いつの間にか皆、自分勝手な事を言い始め、空中分解してしまうということもたくさん見てきました。
　日本での絆やコミュニティの具体的な典型は、「無尽」や「講」と云っても良いと思いますが、では、それらが生まれ、維持されるための条件は何だったのでしょうか？　私はそれが制約だと考えています。無尽や講、あるいは隣組といわれるようなものは、ある制約の上に必要不可欠なものとして成立したと考えるべきなのです。その制約とは、多くの場合、その時代それがなければ、場合によっては命にかかわるほどの厳しいものだったのではないかと思います。それは食糧の確保であったり、厳しい冬を乗り越えるためのエネルギーの確保であったり、一人では到底生きて行けない厳しい環境制約の中で、結果としてコミュニティーを創らざるを得なかったわけです。
　したがって、物質的に豊かになればなるほど、そんなコミュニティーはどんどん不要なものになったのではないでしょうか。スイッチ一つで部屋は暖まり、お金さえ出せばどんな食料だって手に入る…　結果として、人はどんどん個人主義になり、それが環境劣化を招きました。一方では、２０１１年３月１１日は、そんな暮らしが極めて脆く崩れ落ちるものであることを、まざまざと見せつけたとも云えるのでしょう。
　今、多くの人がコミュニティーが必要だと思っています。でも、それに縛られたくないというのが多くの意見です。では、どうやってあたらしい形のコミュニティーをつくることが出来るのでしょうか？　それは、制約を明らかにすることだと思います、私はそれを良質の箍（たが）と呼んでいます。今我々はどのような制約の上に、新しいコミュニティーを創らねばならないのか、まずそれを明らかにしなければならないのです。それは今ある制約でも、これからやってくる制約でも、コミュニティーの目的のために、自分たちが設定した制約でも良いのです。そんな良質の箍を設定した上で、コミュニティーの目的をしっかりと設定すれば、きっと素敵なコミュニティーが生まれるのではないかと思うのです。無論、そこには新しいテクノロジーの役割もあるのだと思います。

2012年01月27日
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         <category>column01</category>
         <pubDate>Wed, 01 Feb 2012 11:01:25 +0900</pubDate>
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         <title>ドクトルまんぼうの死</title>
         <description>　しばらく歳月が経ってしまいましたが、先年作家の北杜夫さんが亡くなられました。訃報を聞いた時はそれほどでもなかったのですが、月日が経つにつれて寂しさがかえって強まってきました。
　ご存知の通り北さんは旧制松本高校を卒業してから、東北大学の医学部に進まれました。私は中学、高校時代に北さんの熱烈な愛読者で、まんぼうシリーズはもちろんのこと、「幽霊」や「楡家の人々」などいわゆる純文学作品も含めて、ほぼすべて読んでいました。当時は新潮文庫からほとんどの作品が出ていて、たぶん絶版になっているのでしょうが、今でもそれらは大切にとってあります。青春記や昆虫記などは、読み込み過ぎて、カバーがぼろぼろに擦り切れてしまってはいますが。
　それにしても、自分が大人になって、学部こそ違えども、同じ東北大学で教員を勤めることになろうとは思いもよりませんでした。つくづく人生は何が起こるかわからないと思います。日本の文学史の中でも、あれだけのユーモア感覚を持った作家は希有で、こうした困難な時代でこそ、もう少し生きていてほしかったと、残念でなりません。晩年はあまり外に出られなくなっていたようですが、昨今のグローバリゼーションのうねりや環境問題など、北さんはどう思われていたのか、今となっては無理ですが、一度お考えを聞いてみたかったと感じます。

多田博之

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         <category>column02</category>
         <pubDate>Fri, 27 Jan 2012 13:30:39 +0900</pubDate>
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         <title>焚火鉢で新年の旨い焼酎を楽しんでいます！　＜Emileのコラム81＞</title>
         <description>　年末から奄美諸島、沖永良部島に来ています。この島にお世話になり始めてから14年、小さなジャングルの中に酔庵二号を建ててから8年目になります。南の島であることは間違いないのですが、冬はそれなりに寒く、冷え込む時は16℃近くにまで下がります。島にお世話になり始めた当初は、この寒さも本土に比べれば･･･と思っていたのですが、島に慣れれば慣れるほど、だんだんと寒さがこたえてきます、不思議です…島の多くの方々の暖房は｢こたつ｣、寒い冬はこれが一番、皆でこたつを囲み、おしゃべりをしながら、一杯飲み････でも、愉快なのは、ほとんどの家が、いつもと同じように窓も玄関も開けたままで｢寒い、寒い｣と云ってこたつに入っていること…思わず笑ってしまいます。
　我が酔庵は完全な夏仕様、床はすべて土なので、「こたつ」はなかなか･･･おまけに居間は約50畳、天井は5m以上と暖を取るには極めて効率の悪い家になっています。そこで一考、先日軽井沢の詩人、丹治さんの家へ伺ったとき、お使いだった素敵な火鉢を酔庵にもと考えたのです。それは、焚火鉢と云うそうで、直径は70cmほどもある大きな鋳鉄製のお鍋を想像してください。それを鉄製の三本の脚がついた高さ50cmほどのフレームの上にのっけるのです。丹治さんはそこで薪を燃していらっしゃいましたが、我が家は炭で暖が取れないかと、実は夏に伐採した庭の木を燃して灰をつくっておいたのです。
　焚火鉢のフレームを載せる木製の台を半日掛かりで創り、灰をたっぷり入れた焚火鉢をセットしました。予備の炭は小さな古い飼葉桶に入れ、いざ火入れ。効果があるかどうかは、半信半疑だったのですが、大きな空間に数片の炭が熾っているだけで結構温かいのです。遠赤外線の効果でしょうか、少し離れていてもはっきりと温かさを感じることが出来ます。火鉢の上では、30年ほど前に使っていたという鉄製のやかんからシュンシュンと湯気が出ていて見ていて飽きません。炭の燃える温かい赤い色、におい、時折はじけて一瞬線香花火のように飛んでは消える光の筋と音･･･たったこれだけのことなのですが、何だかとても嬉しくて幸せになってきます。
　遊びに来た島人はこぞって、この火鉢は島で使っていた山羊汁鍋だと言います。でも形が…本当の山羊鍋は底がもっと平たくて、いいや高さが････島の人たちがああだ、こうだと言っているのを、そして、そのうち熱を帯びてくると島言葉になりこちらには何を言っているのか分からず…そんな楽しい、わからない会話をふんふんと聞きながら、まだ少し鉄の匂が残るやかんのお湯で黒糖焼酎の湯割りをつくり、一杯飲んでいます。
　「ちょっとした不自由さや不便さを、自分たちの工夫で克服することで、より大きな満足感や達成感が得られる…そんな新しい暮らしのかたちやテクノロジーが必要なのです」と多くの方には話してきたものの、自分でもそれを実感できた一時です。
　昨年は、一生忘れることが出来ない年になりましたが、それをしっかりと受け止め、胸に刻み、この新しい年を考えて行きたいと思っています。

2012年01月01日
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         <category>column01</category>
         <pubDate>Wed, 04 Jan 2012 09:56:12 +0900</pubDate>
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         <title>東日本大震災と支援記録１</title>
         <description><![CDATA[<div id="earthquake">

<h2>東日本大震災が襲う</h2>
	<div class="contentBox clearfix">
		<p class="earthquakeImg"><img src="http://www.semsat.jp/cgi-bin-semsat/test/img2011/earthquake01.jpg" width="360" height="286" alt="写真"></p>
		<p>2011年3月11日〜15日</p>
		<p>午前10時に、秋田市スマートシティプロジェクトの基本計画の検討を東京・品川で行っていた。秋田市スマートシティプロジェクトとは、秋田市が5年計画でスマートシティを構築するために立ち上がったプロジェクトである。私がこれまで研究してきたバックキャスティングを用いたライフスタイル・デザイン手法の応用と自然エネルギーを最大限活用するシステムや技術開発の応用可能性など検討を進めていた。秋田市のスマートシティは、そこに暮らす人がスマートにエネルギーをつくり、つかう、新しい低環境負荷なライフスタイルのショールームとして位置づけようと検討していたのである。午前中に新しい低環境負荷なライフスタイルなど議論を行い、そこに集まった企業、研究者は昼ごろ解散した。私はその後打ち合わせを継続していたので、14時ごろまで品川にいた。簡単なお昼を品川で取った。予定よりも打ち合わせが伸びたので、東京駅から仙台への新幹線を２便遅らせた。その時は何も考えずに新幹線を遅らせたが、この状況変化が後の私の活動を変えていくことになったのである。そのまま新幹線で仙台に帰っていたら、新幹線の中で被災したか、仙台駅の中で被災したかどちらかであった。結局、震災直後は東京で過ごすことになった。</p>
<p>14時46分頃、山手線で品川駅から東京駅へ向かう途中、急ブレーキがかかり、山手線は急停車した。と同時に、ぐらぐらと揺れ始めたのである。電車が停車していてこの揺れ方は初めての感覚で、いやな予感がした。まさか宮城沖か。揺れが横で、長い揺れだったからである。そして、その二日前、3月9日に仙台で打ち合わせを行っていたころ、震度４程度の地震が久しぶりに襲ったのを思い出したのである。その時、宮城沖地震の話題が出ていたからである。山手線内では携帯端末でテレビ、ラジオを、音を出して聞く人が何人かおり、その情報を聞いて地震の震源などがすぐにわかった。気がついたらあっという間に1時間は経過し、山手線内は停電で閉じ込められたままだった。山手線内に私服の人が車両をわたって、気分が悪い人がいないか声をかけて歩いていた人がいた。その人は恐らくＪＲの職員なのか。そして、やがて、順々に車両のドアが開けられ、簡易の階段を使って乗客が次々と線路におり、近くの田町の駅まで列をなしながら歩いた。田町の駅では、改札口の外に出るように指示はでているものの、改札口の中にある大きなテレビで流されているニュースにみんな見入っていた。宮城を津波が襲っている映像が流れているのである。その間も、時々、ゆさゆさと揺れており、ただならぬ出来事だということは誰もが察する雰囲気になっていた。そこから私は帰宅難民となり、6時間かけて東京の家に歩いて帰った。</p>
		<p>3月12日、13日は仙台でスクーリングが行われる予定だったが、東北大学のメールサーバーがダウンしており、それ以降、約1週間はメールが使えなかった。携帯メールを知っている人同士のやりとりしか行われなかった。このSEMSaTのリーダーの石田秀輝先生は、11日には名古屋にいらしたのだが、なんとかその日のうちに東京の避難所にたどりついた。12日に石田先生からレンタカーを借りられないかと連絡が入り、レンタカーを探したが、うまく見つからない。そのうち、石田先生自らレンタカーを見つけられ、自動車でそのまま仙台に向かわれた。20時間以上かかったそうだ。12日、13日のスクーリング延期の連絡もなかなかできなかった。</p>
		<p>私は3月14日朝の便で秋田出張した。14日の朝の都内の混乱の前に既に羽田空港をたっていた。福島原発の状況が気になっていたが、予定していた仕事をこなしていた。誰の指示があったわけでもないが、これからしばらくは仕事の方向を変える必要があるだろうと考えるようになったのである。恐らく、3月11日以来、多くの人の暮らしが大きく変わったに違いない。</p>

		<p>平成23年9月15日　古川柳蔵</p>

		<p>次回は＜震災時のエコラボの状況＞です。</p>

	</div>
</div>]]></description>
         <link>http://www.semsat.jp/earthquake/no1.php</link>
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         <category>earthquake</category>
         <pubDate>Thu, 22 Dec 2011 17:38:18 +0900</pubDate>
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